酒井雅樂頭家菩提寺龍海院

酒井雅樂頭家菩提寺竜海院
龍海院総門

前橋藩初代藩主 酒井重忠夫婦の墓
初代酒井重忠夫妻のお墓

前橋藩二代藩主 酒井忠世の墓
2代酒井忠世のお墓

前橋藩四代藩主 酒井忠清の墓
4代忠清のお墓 4代目から墓碑の形が変わる

酒井雅樂頭家墓所
墓所の敷地は3,800㎡ 右後方のビルは県庁

先日の前橋四公祭で勉強した
歴代前橋藩主の墓所に行ってきた

最近境内の古木が伐採されたようで
境内は見通し良くなっていて
群馬県庁が間近に見える

大珠山是字寺龍海院という曹洞宗の寺で
徳川家康の祖父松平清康の建立で
岡崎城下に始まり酒井家の転封とともに
川越、前橋へと移って来た
9代目で姫路へ転封となるが
龍海院は前橋に残り
前橋藩主、姫路藩主合わせて15代の
お墓がここに集まっていて
全国的にも珍しい事例とされている

(2017.12.1撮影)

コメント

三面相

藩主15台のお墓は凄いことですね。
歴史の勉強をさせていただきました。

ヒューマン

おはようございます
前橋藩主の菩提寺 立派ですね
当時の権勢の大きさを知ることができますね

いかちゃん

おはようございます
へぇ~~~、15代が。。。
栄華の象徴ですかね。。。タイムスリップですね、

imaipo

おはようございます
素晴らしい山門が残されてますね
歴史を感じるお寺ですね。

ma_kun

おはようございます
前橋藩主15代の墓石が並んでいるとは想像
するだけでも凄いです。
総門も立派ですね。

大連三世

Re.
三面相さん
これは全国的に例が少ないことのようです。
特に譜代大名は転封が多く、転封後も同じ場所に菩提寺があると言うことは珍しいようです。

大連三世

Re.
ヒューマンさん
家康の祖父が開いたというお寺さんという由緒も影響してるのでしょう。
平林寺の松平家のお墓とも造りが似ています。

北の旅人

こんばんは・・・
むかしの権力者は手厚く葬られたのですね
我が家の墓は、共同墓地で格安の同じ規格のがたくさん並んでいるうちの一つですね
現在は義父、義母は入ってます、北旅も近々入る予定です(笑)

大連三世

Re.
いかちゃん
今の時代とは違いますから姫路からご遺体を前橋まで運ぶ苦労も大変だったでしょうね。

大連三世

Re.
imaipoさん
三河から藩主について転封の度に移転して
前橋に落ち着いたお寺さんです。
最近境内がスッキリして古刹のイメージがなくなった感じです。

大連三世

Re.
ma_kunさん
初めて行きましたが、広い墓地ですよ。
ずらりと同じ形の墓石が並ぶ様子は特別な雰囲気を感じます。

大連三世

Re.
北の旅人さん
近々入居の予定ですか。
私もそうかな。ははは
我が家では大分のお墓を整理両親以外は大分で共同供養の扱いにしてもらい両親だけ前橋に改葬しました。
そんなわけで私たち夫婦が入る予定のお墓には両親と先だった
孫が入っております。

筑前の国良裕

こんにちは~
なんだか温かいDNAが酒井家には流れている気がしますね。祀る方たちの気持ちがわかるようです。
死後のことはわかりませんが、一同に介して霊が笑っていたりしているのでしょうかねぇ。

西やん

こんばんは
前橋の城主は川越と関係ある人が多いですね。
先日前橋の城跡に行きましたが、何度も洪水で流されたそうですね。
幕末には私の故郷の越前徳川氏が城主だったとありました。

大連三世

Re.
筑前さん
そのようですね。
ここには、前橋、姫路藩主以外のお墓もありましたよ。
一族の方々が同じ地で安らかに眠っておられるようです。

大連三世

Re.
西やんさん
そうでしたか。
川越や越前にもゆかりの松平大和守家
江戸後期には度重なる洪水で川越に移転となっていますね。
転封の多かった大名で有名なようです。
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大連三世

旧満州国大連市生まれの三代目。
年々行動範囲が狭まってきますが、散歩や里山歩きで
それなりの楽しみ方を探しながら暮らしています。