Update 2017.02.28 

 発掘調査 朝倉・後閑水田遺跡

発掘調査

前橋日赤病院建設地での発掘調査で
平安+中近世の水田が発見されて
朝倉・後閑水田遺跡と名付けられたようだ

解説によると
天仁元年の浅間山噴火により降下したAs-B軽石に
覆われた条理型区画の水田跡だという
条里というのは奈良時代からの土地の管理制度で
東西(条)南北(里)区画して管理するもので
条里 約650m四方 が基準らしい

私の散歩道は平安の時代から田圃だったと言うことなんだね

病院建設もかなり進み周辺道路の整備が始まった
道路拡幅予定地の発掘が盛んにおこなわれている

(2017.2.24撮影)

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