世界遺産登録の推薦決定 ( 2012-08-25 )

上毛新聞号外 

群馬県内に点在する絹産業施設
富岡製糸場と絹産業遺産群の
世界遺産登録の政府推薦が決定されました
2014年の登録を目指しています

世界遺産登録の背景は、群馬県の資料によると次のようにあります。
絹は紀元前、中国で発明され、19世紀のヨーロッパで大量生産が始まりました。
このころ開国したばかりの日本は技術の輸入に努め、
1872年には富岡製糸場が創られ、国中の製糸業が近代化しました。
さらに独自に養蚕の技術革新も起こり、原料繭の大量生産に成功しました。
 その結果、日本は20世紀初めには世界中に安価で良質な生糸を輸出、高級繊維の絹をより身近な存在に変えました。さらに第2次大戦後は、生糸生産のオートメーション化にも成功、自動繰糸機は全世界に輸出され、絹の大衆化に貢献し、現在も世界の絹産業を支えています。

今回の登録推薦を受けたのは次の四施設です。
富岡製糸場
明治5年(1872)に明治政府が設立した官営の器械製糸場です。民営化後も一貫して製糸を行い、製糸技術開発の最先端として国内養蚕・製糸業を世界一の水準に牽引しました。また、田島家、荒船風穴、高山社などと連携して、蚕の優良品種の開発と普及を主導しました。和洋技術を混交した工場建築の代表であり、長さ100mを超える木骨レンガ造の繭倉庫や繰糸場など、主要な施設が創業当時のまま、ほぼ完全に残されています。

・田島弥平旧宅
通風を重視した蚕の飼育法「清涼育」を大成した田島弥平が、文久3年(1863)に建てた主屋兼蚕室です。間口25m、奧行9mの瓦葺き総2階建てで、初めて屋根に換気用の越屋根が付けられました。この構造は、弥平が「清涼育」普及のために著した、「養蚕新論」「続養蚕新論」によって各地に広まり、近代養蚕農家の原型になりました。

・高山社跡
明治16年(1883)、高山長五郎は、通風と温度管理を調和させた「清温育」という蚕の飼育法を確立しました。翌年、この地に設立された養蚕教育機関高山社は、その技術を全国及び海外に広め、清温育は全国標準の養蚕法となりました。明治24年(1891)に建てられた主屋兼蚕室は「清温育」に最適な構造で、多くの実習生が学びました。

・荒船風穴
岩の隙間から吹き出す冷風を利用した蚕種(蚕の卵)の貯蔵施設で、
冷蔵技術を活かし、当時年1回だった養蚕を複数回可能にしました。

このほかにも碓氷峠の鉄道橋めがね橋など多くの絹産業遺産群がありますが、県内全域に広がっているためにこの四施設に絞って世界遺産登録を進めているようです。

もっと詳しくは群馬県企画課のhttp://worldheritage.pref.gunma.jp/ja/ks003-001.html
世界遺産候補 富岡製糸場と絹産業遺産群をご覧ください。

(2012.8.25)

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大連三世

Author:大連三世
旧満州国大連市生まれの三代目。
カメラを携えて、自宅周辺、花の名所、里山を歩き回っております。
後期高齢者の仲間入りをして、次第に山から遠ざかってしまいましたが
それなりの楽しみ方を探しながら暮らしています。

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