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大連三世

Author:大連三世
旧満州国大連市生まれの三代目。
カメラを携えて、自宅周辺、花の名所、里山を歩き回っております。

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Update 2017.03.02 

#  H28年度古墳情報発信 古墳王国展

古墳王国展 甲を着た古墳人の発見
展示会のポスター

古墳王国展 甲を着た古墳人の発見
発見された甲をつけた古墳人(レプリカ)

古墳王国展 甲を着た古墳人の発見
うつぶせの状態で発見された

古墳王国展 甲を着た古墳人の発見
甲だけでなく兜も付けていた

古墳王国展 甲を着た古墳人の発見 馬具
馬の骨や馬具も発見された

県の埋蔵文化財調査事業団の
平成28年度古墳情報発信事業として
古墳王国展「甲(よろい)を着た古墳人の発見」が
群馬県庁で開催されている

渋川市の「金井東裏遺跡」で
平成24年11月に「甲を着た古墳人」が発見されて
全国的にも大きなニュースになった
その後の調査で甲(よろい)だけでなく兜も付けていたこと
女性や幼児、馬の遺骨も発見された
規模の大きな住居跡、祭祀遺構、古墳、畑も発見されている

そして男女は渡来人系で今の長野県からやって来た夫婦で
幼児はこの地で生まれたのではないかと
推測できるほど調査が進んでいるらしい

6世紀初頭の榛名山の噴火による火砕流に飲み込まれた
当時の集落の様子が次第に明らかになってくるようだ
今後の発表が楽しみだね

(2017.3.1撮影)



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Update 2015.01.30 

#  世界遺産 田島弥平旧宅

田島弥平旧宅案内
田島弥平旧宅の案内

田島弥平旧宅案内所
田島弥平旧宅案内所

島村蚕のふるさと公園から見る赤城山
島村蚕のふるさと公園から赤城山を見る

島村の渡し方向
島村蚕のふるさと公園から利根川上流を見る

利根川上流を望む
島村蚕のふるさと公園から島村の渡し方向を見る

武蔵丘陵森林公園の帰り道
富岡製糸場とともに世界遺産登録された
養蚕農家田島弥平旧宅を訪ねたが
16時を過ぎていて見学できなかった

田島家は改修中のようで足場がかかっている
又の機会に出直そう

利根川沿いには公園が整備されていて
見学者の駐車場となっている
また県道でもある島村の渡しがすぐ下流にある

ここから見る赤城山は前橋とは違って
赤城山を構成する
鍋割山、荒山、地蔵岳、駒ケ岳
そして最高峰の黒檜岳がはっきりと見える

(2015.1.30)

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Update 2014.06.30 

#  絹産業遺産群

 富岡製糸場が世界遺産に登録され、地元ではお祝いムードがいっぱいで
今朝の上毛新聞では22ページにわたる特集がありましたが
製糸場のほかに3ッの施設が世界遺産となったことは、意外と認知されていないようです。
 今回の登録は、「富岡製糸場と絹産業遺産群」としての登録で、当初は生糸を横浜へ運ぶための鉄道遺産や、現存する養蚕農家の集落なども含まれていましたが、範囲を狭めて今回の登録では
① 官営富岡製糸場
② 荒船風穴
③ 田島弥平旧宅
④ 高山社跡
の4施設がまとめて絹産業遺産群として登録されました。

今後は群馬県内に限らず世界を席巻した日本の絹産業の遺産が登録される可能性もあるのではないでしょうか。

富岡製糸場の情報はたくさん報じられていますので、荒船風穴(下仁田町)、田島弥平旧宅(伊勢崎市)、高山社跡(藤岡市)について、それぞれの自治体のHPを参考にまとめてみました。
参考にしてください。
 
見学を希望される方は、下仁田町、伊勢崎市、藤岡市のホームページなどから
確認の上お出かけください。
 荒船風穴は私もまだいってませんが、駐車場から急坂を歩くことになるそうです。


 蚕種の貯蔵施設「荒船風穴」

荒船風穴 荒船風穴は、明治38年、地元の養蚕農家の庭屋静太郎により建設された蚕種貯蔵施設です。

 長野県を発祥とする天然の冷風を利用した風穴技術を研究し、日本で最大規模を誇る貯蔵施設として運営され、日本全国を相手に事業を展開しました。

 現在でも操業当時と変わらぬ冷風環境が維持され、肌を通じて史跡を体感することが出来る珍しい史跡です。 

【風穴利用による増産】

 江戸時代まで蚕の飼育は気候に合わせた年内1蚕(春蚕中心)しかできませんでしたが、年間を通して涼しく、温度変化の少ない山間の風穴を利用することによって、人工的に蚕種を保存する技術が進み、明治半ば以降には年内2蚕、年内3蚕と増えていきました。
 また、夏秋蚕は農家にとって農閑期にあたり、飼育に都合がよく急速に普及することとなりました。明治期後半の蚕の増産は、風穴の利用によってもたらされたものと言っても過言ではありません。
 また、この天然の冷蔵庫で冬(寒さ)を経験させることにより孵化の時期が不揃いであったものが一斉に孵化することとなり、作業効率が著しく向上したことも風穴の効用でした。


 養蚕技術を広めた施設「高山社跡」

高山社跡
 国指定史跡です。高山社跡は「養蚕改良高山社」の創始者・高山長五郎(生没年18301886)の生家で、養蚕法「清温育」の研究と社員への指導を行っていた場所です。

 長五郎は明治6年(1873)「養蚕改良高山組」を組織し、自宅で養蚕法の改良と組合員への指導を行いました。明治17年(1884)には「養蚕改良高山社」と改称し初代社長に就任しています。その後、教えを請うものが増えたため明治20年(1887)に藤岡町に事務所と伝習所を移し、自宅は高山分教場として後進の指導を続けました。 現在は蚕室(養蚕用家屋)と付属屋が残っておりますが、周囲にも蚕室の痕跡が認められるため、現存する建物だけでなく敷地全体が世界遺産構成資産、また、国指定史跡となっています。

 独自の養蚕技術を確立した養蚕農家「田島弥平旧宅」


田島弥平旧宅
 田島弥平旧宅は、田島弥平(文政5年(1822年)生、明治31年(1898年)没)による、近代養蚕法「清涼育(せいりょういく)」の開発と、ヤグラ(越屋根、天窓ともいう)付き総二階建ての近代養蚕農家建築の原点となった建物です。伊勢崎市境島村地区は、江戸時代中期から蚕種(さんしゅ=カイコの卵)製造の盛んな地域で、田島弥平家も有力な蚕種製造農家でした。

 蚕の飼育は難しく、年によって収量の差が大きかったため、弥平は各地の養蚕方法を研究し、蚕の飼育には自然の通風が重要であると考え「清涼育」を大成し、安定した繭の生産に成功しました。

(2014.6.30)








 

 




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Update 2014.06.27 

#  富岡製糸場と絹産業遺産群世界遺産 - - 高山社跡 - - 

世界遺産 高山社跡
世界遺産ののぼり

世界遺産 高山社跡
高山社の長屋門

世界遺産 高山社跡
高山社の建物 蚕室

世界遺産 高山社跡
ガイドさんの説明を聞きます

世界遺産 高山社跡 蚕室

世界遺産 高山社跡 蚕室
蚕室の様子

高山社は蚕の育成法の一つ清温育を確立し
全国ににその技術を広めた教育施設です

富岡製糸場(富岡市)と合わせて
この高山社(藤岡市)と
養蚕農家の田島弥平旧宅(伊勢崎市)
蚕種の保存施設(自然の冷蔵庫)荒船風穴(下仁田町)
の4施設が絹産業遺産として
今回世界遺産に登録されました

富岡製糸場は絹糸の大量生産に大きく貢献し
高山社や田島弥平宅は
養蚕技術向上に大きく貢献した施設
荒船風穴は蚕種の保存により
夏、秋にも養蚕が可能となり
繭の増産に貢献した施設です

富岡製糸場ほどではありませんが
何時になくにぎわっておりました

(2014.6.25撮影)


Update 2013.09.09 

#  収穫間近 - - 前橋市室沢の棚田 - -

室沢棚田 

室沢棚田     室沢棚田

今日は待ちに待った青空です
あさいちで飛び出したいところなんですが
雨続きで洗濯したいものが多く
布団も干したいと言うわけで
午後になってちょっとだけ出かけました

赤城山麓の棚田ではそろそろ彼岸花が畦道に咲いてるかなと
期待しましたが残念ながら見ることはできません

稲穂は大きく首を垂れて収穫間近です

前橋市粕川町室沢地区は
朝日新聞創刊130周年・森林文化協会創立30周年記念「にほんの里100選」に選ばれています

久しぶりの青空と
田圃を吹き抜ける爽やかな風に秋を感じます

(2013.9.9)




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